「新解さんの謎」 |
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2019年 04月 27日
大分前のミクシイ日記から転載して加筆しております。 2014年10月 赤瀬川原平が死んでしまった。 大好きな作家なのに、図書館で読みあさってばっかりで 手元には2冊しかないことに気が付いた。しかもそのうち1冊はなぜか見当たらないし。 なんでこれを今まで読んだことがなかったんだろう。とネットで探して、今さらだけど「新解さんの謎」購入。 ねばねば ①粘りついて容易には・離れないもの(除くことが出来ないことを表わす)。「ねばねばした暑熱と、たえまない靴音と、汗ばむ倦怠にひたって、すれちがうイタリア娘の腰と足を鑑賞していると・・・」(新明解国語辞典:第4版) とか おおかた【大方】 ①大部分。「入れ代り立ち代り現れて、彼女の財産の大方を毟り取っていたようです」(新明解国語辞典:第4版) とか つぎつぎ【次次】同じ(似た)事が距離・感覚を置かずに続いたり繰り返されたりすることを表す。「苦労して建てたマイホームが次々と[=Aの部屋ばかりではなくBの部屋までも]シロアリに食われている。 などなど、いやあ すごい。 新明解国語辞典が面白いんなら、「新解さんの謎」ではなくて最初から辞書を読めばよさそうなもんだけれど、この、カユいところに手が届く。というよりは、掻いてもらってはじめてこんなにカユかったんだと気が付いてしまったようなこの面白さはやっぱり赤瀬川原平だ。 辞典の文言にいちいちツッコミたくなるけど、まさにカユイところを赤瀬川氏がいちいちつっこんでいるのでここでは言いません。 この本には、最初に話を持ち込んだSM嬢というのが出てきて(イニシャルです)最後まで話をひっぱっていく。 赤瀬川原平は、・・なるほど おおこんなことも。つまりこの新解さんというひとは。と、ともどもに盛り上がって分析して話は進んでいく。 この方の文章の中では、よく誰かに対して 赤瀬川氏があれこれと、饒舌に偏執に持論を語る。それに対して 「ああ 輪ゴム」 「ああ ヒサヤ大黒堂」 と いちいち繰り返したりする、いろいろ出てくる変な人々の、微妙に不条理な話しようがなんとなく共通している。 このひとたち ほんとに存在するのかな。と怪しんでいたのだけれど、何かの本の解説で誰かが「赤瀬川氏はかなり無口で人の言うことを反芻ばかりする」ようなことを書いている。 なんだ 数々の不思議な仲間たちは、もうひとりの赤瀬川氏だったのじゃないか。 だからここに出てくるSM嬢もきっと、いるようでいないひとのひとりなんだろう。 さてここで、しばらく前にO田女史が、「いつでも辞書を」特集の雑誌を「好きでしょ」と持ってきてくれたのを思い出した。 「まだほとんど見てない」といったら女史がムッとしたのであらためて雑誌「望星」を開いてみた。 あやっぱり、新解さんのこと書いてるひとがいたー。どころか。この「新解さんの謎」を企画した編集者でもある夏石鈴子氏って、SM嬢そのひとではないか。 マボロシかと思った人が現実にいた。 かみくず【紙屑】その人にとって、捨てること以外には用の無い紙。 赤瀬川氏はここで、植物的なようで動物の皮をかぶった新解さんの真面目さと匂いたつ生々しさにふみこんでいくのだけど、それはさておき。 この説明はやっぱり何だか不思議だけど、でも正しいよな。じゃあ自分だったらどう説明するかな。そだ広辞苑はなんと言ってるんだろう。 かみくず【紙屑】不要となった紙片。使って捨てた紙。(広辞苑第二版) ははあ なるほどその通りだ。味気ないな。 ははあ 新解さんは「その人」とか言うもんだから。 その人にとっては用がなくてもあの人にとっては大事な思い出だったのに、ほんとにほかに用がないからって、じゃあいったいどんなほかに大事な用があって。 とか、何か物語だとかが生まれてしまうじゃないか。 ほんとにこんな、不思議な辞書があるんだろうか。 赤瀬川氏の脳内の産物なような気がしてきた。 でもSM嬢は実在していた。 やっぱりこうなると辞書も買わないと。やっぱり4版を。 などと思ったところへ、前に訊いたときにはない。と言っていたはずの人間アマゾン・博信堂書店さんが「やっぱりありました」と持ってきてくれたではありませんか。 …長くなってしまいまいした。つづく。
by namara_ya
| 2019-04-27 15:18
| 日々雑多
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